一次産業(農業・漁業・林業)に従事されている経営者の皆様にとって、設備投資や事業拡大にかかる費用をどのように工面するかは、常に頭を悩ませる課題ではないでしょうか。
「ものづくり補助金」や「新事業進出補助金」といった言葉を耳にすることはあっても、「自分たちの事業(農林水産業)で使えるのか?」「どの省庁の制度を見ればいいのか?」という判断は非常に複雑です。
本記事では、一次産業事業者が補助金を活用する際に陥りがちな「省庁選びのミス」を防ぎ、農林水産省や林野庁独自の制度を効果的に活用するためのポイントを、専門的な視点から解説します。
一次産業の補助金活用:なぜ「中小企業庁の補助金」では採択されにくいのか
まず、補助金申請において最も重要な「管轄」の考え方について整理しましょう。 多くの経営者が最初に検討するのは、経済産業省・中小企業庁(中企庁)が管轄する「ものづくり補助金」や「新事業進出補助金」です。これらは知名度が高く、支援金額も大きいため魅力的です。
しかし、結論から申し上げますと、一次産業の「生産」プロセスそのものに対して、中企庁の補助金は相性が良くありません。
中企庁の支援対象は「付加価値」を生むプロセス
中企庁の補助金は、基本的に「商業・サービス業・製造業」などを主な対象として設計されています。 一次産業(生産)は、農林水産省の管轄領域であるため、単に「野菜をたくさん作るためのトラクターが欲しい」「魚を獲るための船を直したい」という要望は、中企庁の補助金の趣旨からは外れてしまうのです。
中企庁の補助金で採択される可能性があるのは、生産した農水産物に「加工・流通・販売」といったプロセスを加え、新たな付加価値を生み出す場合です。いわゆる「6次産業化」の取り組みであれば、製造業やサービス業に近い扱いとなり、対象となる可能性が出てきます。
- 対象になりにくい例: 高品質なトマトを栽培するためのビニールハウス建設
- 対象になる可能性がある例: 規格外トマトをピューレに加工し、ECサイトで直販するための加工設備とシステム導入

「建物の建築費」が出る補助金は極めて限定的
また、一次産業では「選果場を建てたい」「加工場を新築したい」といったニーズが多く聞かれますが、中企庁の一般的な補助金(ものづくり補助金など)では、原則として建物の新築・改修費用は補助対象外であることが多いです。
中企庁の補助金で建物が対象経費として認められるのは、現状のところ下記三つのみです。
- ・新事業進出補助金
- ・成長加速化補助金
- ・成長投資補助金
単なる規模拡大ではなく、リスクを取って全く新しい分野へ挑戦する場合にのみ、箱モノ(建物)への投資が許容されると認識しておきましょう。
本命は「農林水産省」の補助金制度
一次産業の事業者が、本業である「生産力」や「地域でのプレゼンス」を強化したいのであれば、見るべきはやはり農林水産省(農水省)の予算です。 農水省の補助金は、生産現場の課題解決に直結した設計になっており、中企庁の制度とは評価基準(KPI)が大きく異なります。
代表的な制度:産地基盤パワーアップ事業
農水省の補助金の中で、設備投資を考える際にまず確認すべきなのが「産地基盤パワーアップ事業(通称:産パ)」です。 この事業は、産地全体の収益力強化を目的としており、高性能な農業機械の導入や、集出荷施設の整備などが対象となります。
- 生産基盤の強化: 高性能機械、栽培施設の導入
- 販路開拓・加工: 加工施設の整備、流通の合理化
個々の農家単独での申請というよりは、地域協議会やJAなどが主体となって「産地としてどう戦うか」という計画(産地パワーアップ計画)に基づき、その計画に参加する事業者が支援を受ける形が一般的です。
地域全体を底上げする:農山漁村振興交付金
もう一つ押さえておきたいのが「農山漁村振興交付金」です。 これは、農山漁村の活性化を目的とした非常に幅広いメニューを持つ交付金です。
- 農泊の推進: 古民家改修や体験プログラムの開発
- ジビエ利用: 解体処理施設の整備
- 都市農業の機能発揮: 体験農園の整備
生産そのものというよりは、農山漁村という「地域資源」を活用して所得を向上させたり、雇用を創出したりする取り組みに対して手厚い支援があります。地域コミュニティを巻き込んだビジネスモデルを検討している場合は、こちらが有力な選択肢となります。
中企庁と農水省では「評価されるKPI」が違う
補助金申請書の作成において、最も重要なのが「成果目標(KPI)」の設定です。ここを間違えると、どんなに素晴らしい事業計画でも採択から遠ざかります。
農水省は「出荷量」と「コストダウン」を見る
中企庁の補助金では、成果目標として「付加価値額(営業利益+人件費+減価償却費)の年率3%アップ」や「給与支給総額の増加」が求められます。つまり、個社の「儲け」と「従業員への還元」が評価軸です。
対して、農水省の補助金において重要視されるKPIは以下の傾向があります。
- 出荷量の増大: 国産農産物の安定供給にどれだけ寄与するか
- 生産コストの低減: 効率化により、どれだけ安定的・持続的な生産体制を作れるか
- 地域への波及効果: その取り組みが地域の他の生産者にどう好影響を与えるか
「自社が儲かる」こと以上に、「日本の食料供給基地として強くなる」ことが求められるのです。申請書を書く際は、主語を「自社」だけでなく「産地・地域」広げ、出荷ボリュームなどの具体的な数値目標を掲げることが採択への鍵となります。
食料・農業・農村をめぐる情勢の変化(P19)より:https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/kensho/attach/pdf/3siryo-8.pdf
イノベーションを狙うなら「農林水産みらい基金」
既存の枠組みを超えた、革新的な一次産業ビジネスに挑戦する場合は、「農林水産みらい基金」という選択肢もあります。
これは国の補助金とは少し毛色が異なり、民間主導で組成された基金による助成制度です。 「前例のない新しい取り組み」や「業界全体の課題を解決するようなイノベーション」に対して、多額の助成が行われます。
- AIやロボットを活用した完全自動化農業
- 未利用資源を活用した新しい飼料・肥料の開発
一般的な補助金では「実績がない」として敬遠されるようなチャレンジングな案件こそ、この基金では評価される可能性があります。ただし、審査のハードルは非常に高く、単なる設備導入レベルでは対象になりません。
意外な落とし穴!「きのこ」は野菜ではない?
最後に、一次産業の補助金申請において、意外と知られていない管轄の違いについて触れておきます。
皆様は「きのこ類(しいたけ、えのき、しめじ等)」を、行政区分において何に分類されるかご存知でしょうか? スーパーでは野菜売り場に並んでいますが、補助金の管轄において、きのこは「林野庁」の管轄となることがほとんどです。
特用林産物という扱い
きのこは行政上、「特用林産物」に分類されます。これは木炭や竹なども同様です。 そのため、一般的な野菜(園芸作物)を対象とした農水省の補助金メニューでは対象外となり、林野庁が公募する「林業・木材産業成長産業化促進対策交付金」などの別枠を探さなければならないケースが多々あります。
「野菜用の補助金申請を準備していたが、対象品目がきのこだったため申請不可と言われた」という事例は実際に起こり得ます。 ご自身が扱う品目が、行政の縦割りの中でどこに位置づけられているか、初期段階で必ず確認するようにしてください。
https://www.rinya.maff.go.jp/j/tokuyou/tokusan/
まとめ:事業の「フェーズ」と「品目」で省庁を使い分ける
一次産業の補助金活用は、製造業などに比べて制度が複雑に入り組んでいます。
- 生産能力向上・機械化 → 農林水産省(産地パワーアップ事業など)
- 加工・販売・新事業転換 → 経済産業省・中企庁(事業再構築補助金など)
- 地域活性化・ツーリズム → 農林水産省(農山漁村振興交付金など)
- きのこ・特用林産物 → 林野庁
自社の現在の課題が「作ること」にあるのか、「売ること・変えること」にあるのかを見極め、適切な省庁のドアを叩くことが、資金調達成功への第一歩です。
まずは、地域の農政局や普及指導センター、あるいは認定経営革新等支援機関などの専門家に、自社の構想を話してみることから始めてみてはいかがでしょうか。